明日の遺品整理回収の向けて今日も祖母の家へ。妻のおかげもあってかなり整理が進んだ。
祖父母の写真をまた見つけ、僕はその写真の整理というのか確認をしていた。近いうちにスキャンしてデータ化したいとは思っているが、一旦は全て確認してプリントされたものをそのまま残すか処理するかの判断をしていく予定。
やはり祖父は真顔の写真が多いなぁと思うが、中には笑顔の写真も何枚かあり、それを見つけると嬉しくなる。厳格なイメージの強い祖父ではあるが、僕の前では笑うことも結構多かったのだ。
祖父母の家に行ったときには必ず「シューアゲイン、アイシーユートゥマロウ、グンナイ」と言って硬い握手をしたが、そのとき祖父は笑顔だったのだ。たびたび「どれ、思いっきり握ってみろ」と言って僕の握力を確認しようとしていたが、「おお、強いじゃなかい」と言ってまた笑顔を見せていた。あのときは満面に近い笑みだったはずだ。ところで「シューアゲイン、アイシーユートゥマロウ、グンナイ」というのは「See you again, I’ll see you tomorrow,, Good nigtht」のことだったわけだが、それが分かったのは中学に入って英語を学習してからのことで、しかし「アイシーユートゥマロウ」と言ったのに翌日に会ったことは一度もなかった。あの挨拶がなければ祖父と話す機会が少なかっただろうと思えば、形だけの挨拶だったとは言え、祖父との間にお決まりの挨拶があって良かったのだなぁと思う。
両親の結婚式のときの写真もあった。もちろん母方の両親も写真に載っていて、母が祖父に連れられてウェディングロードを歩く姿を初めて見たような気がする。若い頃、父はそこそこ男前で、母は美人だったのだなぁと思ったが、見ていて恥ずかしさもあった。
テレビボードの下の引き出しにWindows95の教則ビデオがあった。
僕が初めてパソコンを使ったのは小学5年とかだったかと思うが、そのパソコンは祖父に買ってもらったものだった。祖父の家に行かなければパソコンに触ることができず、ほとんど自由に使えなかったため、パソコンを使って何かをすることを覚えることはなかったが、そのパソコンを祖父も興味深そうに見ていた。当時、パソコンはかなり高かったが、僕がパソコンを使えるようになって将来役に立つ人材になることを期待していたのかもしれない。
僕が覚えている限り、祖父がそのパソコンを触っていた記憶はなかったが、教則ビデオがあったということは祖父も学ぼうとしていたのだ。パソコンを使って僕とコミュニケーションを図ろうとしていたのかもしれない。結局のところそれは叶わず、僕がそのときもっと主体的にパソコンのことを知ろうとしていれば違ったのかもしれないが、当時のパソコンはあまりに謎な箱でしかなかったのだ。何ができるのもそもそもわかっていなかった。
祖母が亡くなったことですることになった遺品整理ではあるが、残った物からは祖父のことを思い出すことが多い。この数年で最も祖父のことを考えているかもしれない。いつだってずっと2人で行動してきた祖母のことだ。祖父が亡くなってからも、祖父がいたときの状態をそのまま保とうとしていたのだろう。ゴミも同時に残すことになり、それを妻が怒りながら処理することになったのでもあるが。
何にしても明日でほとんどの物が片付くことになる。祖父母の家はまだ残るが、祖父母が住んでいた家としてはお別れだ。